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東京高等裁判所 昭和32年(う)469号 判決

控訴人 再審請求者 山岸九郎

弁護人 猿谷明

検察官 小西太郎

主文

原判決を破棄する。

新潟地方検察庁高田支部の公訴提起にかかる再審請求者に対する昭和二十六年二月二十四日附起訴状記載の公訴事実(末尾添附別紙記載の事実)につき再審請求者を免訴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人猿谷明提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるからこれをここに引用して次のとおり判断をする。

昭和二十八年七月二十二日、最高裁判所が、その大法廷において、いわゆる「アカハタ及びその後継紙、同類紙の発行停止に関する連合国最高司令官の指令」についての昭和二十五年政令第三百二十五号違反被告事件は、講和条約発効後においては犯罪後の法令により刑の廃止があつたものとして免訴せらるべきである旨判決したことは、一般公知の事実に属するところである。記録によれば、本件再審請求者山岸九郎は、それより前の昭和二十七年三月二十九日新潟地方裁判所高田支部において前記政令違反被告事件の被告人として有罪の判決を受け、これが判決は、同二十九年三月五日の最高裁判所の上告棄却の決定により確定して今日に至つたことが明瞭であるところ、刑事訴訟法第四百三十五条は、有罪の言渡を受けた者の利益のため、これが有罪の確定判決に対する再審請求の理由ある場合として、その第六号に「有罪の言渡を受けた者に対して免訴を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した場合」を挙げているのであるが、前示有罪の言渡(新潟地方裁判所高田支部における昭和二十七年三月二十九日附有罪の判決言渡)を受けた山岸九郎と前示最高裁判所の判決の存在との関係は、正に、右に挙げた刑事訴訟法第四百三十五条第六号所定の場合に該当するものというべく、従つて、本件再審の請求は、その理由ある場合に該当するものと言わなければならない。然るにそれにもかかわらず、原審が、刑事訴訟法第四百三十五条が、有罪の確定判決に対し再審の請求を許しているのは、原裁判所の事実認定を不当とする一定事由のある場合のみに限定しているものとの前提に立ち、前示最高裁判所の判決の存在をもつて刑事訴訟法第四百三十五条第六号にいわゆる原裁判所たる第一審の事実認定を不当とする新たなる証拠とは解し難いとして、敢て、本件再審の請求を棄却したことは、畢竟法令の解釈を誤まつた結果訴訟手続における法令違反の過誤を冒したもので、而も、その過誤が判決に影響を及ぼすべき場合に該当することも、また、自ずから明白であるから、原判決は到底その破棄を免かれない。論旨は理由がある。

よつて、本件控訴の趣意は、その理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十九条に則り、原判決を破棄し、同法第四百条但書の規定に従い再審請求者が有罪の言渡を受けた前示政令被告事件について更に判決をするのに、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十七条第二号に則り、本件再審請求者に対する昭和二十六年二月二十四日附起訴状記載の公訴事実(末尾添附別紙記載の事実)については、同人を免訴すべきものとする。

よつて主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

公訴事実

被告人山岸九郎は、日本共産党の機関紙「アカハタ」が、昭和二十五年六月二十六日附及び同年七月十八日附の連合国最高司令官の指令によりその発行を停止せられ、爾後その後継紙並びに同類紙の発行を停止せられたものであるにかかわらず、右指令に違反し、東京都足立区桜木町平和のこえ社編集印刷発行人浅野護夫の名義をもつて東京都内にて発行している前記「アカハタ」の後継紙である「平和のこえ」第一号乃至第九号及び号外合計約千五百部を昭和二十六年一月初旬頃より同二十六年一月上旬頃迄の間数回に亘り東京都内から高田市大町佐藤鉦三方に送付を受けその頃自宅に運搬しその多数をその頃高田市内その他において武藤清風外多数の者に頒布してその発行行為をなし、もつて前記指令の趣旨に違反し占領目的に有害な行為を為したものである。

猿谷弁護人の控訴趣意

原判決には法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ずことが明かである。

(1)  本件の適用法令たる昭和二五年政令第三二五号占領目的阻害行為処罰令が日本国と連合国間の平和条約の発効と同時に、昭和二十七年四月二十八日失効し、従つて本件が刑事訴訟法第三三七条第二号、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに該当するものとし、判決で免訴を言渡すべき事案であつたことは一点の疑も存在しない。(最高裁判所昭和二七年(あ)第二八六号同名事件、昭和二八年七月二二日大法廷判決)

(2)  本件も亦、最高裁判所において。当然免訴の判決を受けるべき事案であつたにかかわらず、上告趣意書の提出が指定期日に若干遅れたため、上告棄却の決定を受けた結果、第一審における有罪の判決が確定したものである。

(3)  罪刑法定主義は近代刑法の大原則であり我が憲法の明らかに宣言するところである(三一条、三九条)。然るに被告人は単なる刑事訴訟法上の手続違背の故に、上告棄却の決定を受けた結果法なくして刑罰を科せられ、明白に憲法違反の判決に基いて懲役刑に処せられようとしている。

(4)  かかる不当、不合理を是正し、被告人を救済するためには、刑事訴訟法第四三五条第六号により、本事案について再審の理由を認める以外、その方法がない。

(5)  仮りに前記最高裁判所の判決の存在が之に当らないとしても、昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効による連合国軍の占領状態の終結と同時に、ポツダム勅令に基く昭和二五年政令第三二五号も亦失効した事実は、上告棄却により確定した第一審判決のなされた後に発生した事実として「新たに発見した」「明らかな証拠(有罪の言渡を受けた者に対し免訴を言渡すべき)」と認定して、刑事訴訟法第四三五条第六号による再審理由を認めるべきである。

(6)  よつて本件再審請求を理由なしとして棄却した原判決には、法令適用の誤りがあり、判決に影響を与えることが明らかなものとして破棄さるべく、被告人に対し昭和二五年政令第三二五号違反事件について免訴の判決がなさるべきことを主張する。

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